the-diet国会
北朝鮮「帰還事業」に画期的判決 宮塚利夫(宮塚コリア研究所所長)
10月初めに北朝鮮研究の仲間内から「今月末に東京高裁で例の裁判が開かれるが、裁判の傍聴とその後の報告会への出欠」を問うメールをもらっていた。「例の裁判」とは、虚偽の宣伝による勧誘で北朝鮮に帰国し、国内に留め置かれた「帰還事業」で過酷な生活を強いられたとして、脱北者4人が北朝鮮政府に対し、計4億円の損害賠償を求めた訴訟裁判のことで、10月30日に東京高裁(谷口園恵裁判長)で控訴審判判決が行われた。谷口裁判長は「損害の管轄権は日本の裁判所にある」と判断し、訴えを退けた1審の東京地裁判決を取り消し、審理を同地裁に差し戻した。原告は1960~72年に北朝鮮に渡航、2001~03年に脱北した。これに対し北朝鮮側は当然予想されていたが出廷もせず、主張書面も提出なかった。
北朝鮮への帰還事業については日本国内でも関心が薄れてきている。日本人妻ら9万3000人以上が北朝鮮に渡った帰還事業は1959年12月から79年まで、在日朝鮮総連や日本のマスコミが挙って「地上の楽園」と宣伝(喧伝)し、推進された事業である。
裁判を起こしたのは2003年に脱北した川崎栄子さん(81)ら脱北者4人で、虚偽の宣伝で勧誘され、抑圧された過酷な生活を強いられたとして北朝鮮政府に計4億円の損害賠償を求めた(提訴時には川崎さんら5人が原告となったが、1審判決後に高政美さんが亡くなっている。私は高政美さんの講演の通訳をしたことがあり、この裁判には宮塚コリア研究所の研究員が当初から傍聴し記録している)。
昨年3月の一審東京地裁では原告側の行為を①虚偽の宣伝で勧誘した②出国させずに在留させた――に分け、①は除斥期間(20年)が経過し賠償請求ができないとし、②は国外の行為で日本の裁判所に管轄権がないとして訴えを退けた。これに対し控訴審東京高裁は、①と②は「継続的な不法行為」と評価し、侵害は当初は日本で発生しているため、管轄権は日本にあり、地裁でもう一度審理すべきだとの判断を下した。谷口裁判長は日本国内での勧誘から渡航、留置までを「居住地選択の自由を侵害し、過酷な状況で長期間生活することを余儀なくさせた」と述べ、「継続的不法行為と捉えるのが相当。勧誘から留置までの法的責任を日本の裁判所で判断できる」とし、地裁での訴え全体を改めて審理するように求めたのである。
原告側代理人の福田健治弁護士は「判決は原告が虚偽の宣伝にだまされ、北朝鮮政府が主導したと認めた。外国政府の人権侵害を日本の裁判所で責任追及する可能性を開いた画期的な判決」と評価した。原告の川崎栄子さんもこの判決に「(今回の判決内容)を予想していなかった。全面勝訴だと思う。脱北者のためだけでなく、拉致被害者の救済にも役立つだろう。北朝鮮に残っている家族に再会できるよう活動を続けていきたい」と話した。また、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会の佐伯浩明理事長は、「原告側の主張がほぼ全面的に認められた判決で高く評価できる。裁判長もよく原告の訴えに耳を傾けてくれた。しかし、全面的勝訴と判断するのは早い。差し戻しでの結果を待ちたい」とコメントした。もっとも、原告側4人は高齢で体調が十分でない人もいて、早期の解決が望まれる。川崎さんとは個人的に面識があり、会うたびに川崎さんからこの問題の解決に向けて並々ならぬ孤軍奮闘している言質をもらうたびに、「虚偽の宣伝」のお先棒を担いだ日本のメディアだが、この「虚偽の宣伝」メディアの責任に触れた新聞は皆無で、10月30日の「画期的な判決」を報じたのは産経新聞、統一日報その他一紙だけであった(私が見た限りであるが)。
もう一度、帰還事業について説明しておく。「帰還事業」は、日本赤十字社と朝鮮赤十字社の間で結ばれた協定に伴い、1959年12月から84年まで実施されたもので、在日朝鮮人とその家族の集団帰国事業で、延べ9万3340人が参加した。その中には1828人の日本人妻等6730人の日本人も含まれている。私の住む山梨県からも16人の日本人妻が北朝鮮に渡った。彼女らの消息を問われることがあるが、「分からない」と答えるだけの自分が情けなくなる。今回の判決後の推移を)ひたすら注目していく。