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住民投票制度の確立に血道を上げる武蔵野市当局 里見日本文化学研究所所長 武蔵野市の住民投票条例を考える会代表 金子 宗德
住民投票制度に関する論点整理
令和四年十一月三日、武蔵野市民文化会館で開催された「自治基本条例に関するシンポジウム」の席上、松下玲子・武蔵野市長は次のように述べた。
市長は執行機関、市長『等』なのですけれども、執行機関で、議決いただいた予算を執行していきます。事業をいろいろ行っていきます。そういうサイクルの中で、いざ、あれ?市長や議会は市民が思っていることと違うことをやろうとしてない?いやいやそれは違うよねというようなときには直接住民に信を問う住民投票も自治基本条例の第十九条に定めました。ただ、住民投票の投票資格者をどうするかとか、細かな投票の中身については別途条例で定めますと書いているので、別に住民投票条例を定めることになっているのです。なので、今後市民参加の機会を広げる、市長や議会が市民と違うことを―これは本当はないほうがいいのです。……いざというときには住民が直接意思を投じる、投票できる、そんな住民投票も常設型でつくろうねというのを自治基本条例に明文化していますので、今後、第十九条に基づいて住民投票条例というのはお示しして、皆さんと議論して、また議会でも議論して、制定に向けて取り組んでいきたいなと思っています。
自治基本条例に常設型住民投票制度を巡る規定が存在することを踏まえ、住民投票条例案の再提出を目指す意向を示した松下市長は、令和五年度予算案に「住民投票制度確立に向けた論点整理」のためとして三百四万二千円を計上した。
これに対し、《武蔵野市の住民投票条例を考える会》(以下、《考える会》)は、市議会の令和五年・第一回定例会に「『住民投票制度確立に向けた論点整理』関連予算の保留に関する陳情」(陳受5第9号)を提出する。
確かに、自治基本条例第十九条に住民投票制度を巡る規定はあるが、令和三年十二月に提出された条例案には問題点が多かったため騒動となり、住民の間には住民投票制度そのものに対する疑念の声も根強い。そうした地域の実情を踏まえ、市議会も「住民投票条例の廃案、あるいは継続審議を求める陳情」(陳受3第19号)を採択した。《考える会》が提出した同陳情には「自治基本条例十九条を削除することも視野に再検討する」と明記されており、これを採択した市議会は自治基本条例第十九条について削除も視野に入れた議論を行うべきであった。
しかしながら、市議会は議論を行うことを避け、「武蔵野市自治基本条例(令和2年3月武蔵野市条例第2号)第十九条の削除は必要ない」、「住民投票制度については、執行部から再提案がなされた際に改めて検討する」という申し合わせを行った。これは、先に採択した陳情を自らの手で否定することに等しく、自らの職責を放棄する所業としか言いようがないけれども、その背景には、制定を推進する左派リベラル(立憲民主・共産・新左翼など)の抵抗に加え、自治基本条例を全会一致で可決してから二年弱しか経っておらず、自らが賛成した条例を改定するのは市議会の沽券に関わるという事情があるとみられる。
市議会における攻防
とは言え、住民投票条例案を巡る騒動の原因は自治基本条例第十九条であり、現状のまま「住民投票制度確立に向けた論点整理」関連予算を認めてしてしまえば、松下市長を始めとする執行部は再提出に向けた地ならしを着々と進めるに違いない。本来であれば、この一事を以て令和五年度予算案の否決に持ち込みたいところであるが、そうすると他事業の執行に差し支えるので、陳情においては、「住民投票制度確立に向けた論点整理」関連事業を予算案から切り離し、定例会終了後に行われる市議会議員選挙を経て成立する新たな市議会での議論を任せるべきと主張した。
この陳情は総務委員会で審査され、小林まさよし市議(自由民主市民クラブ)など陳情に理解を示す者もあったが、予算に関わる内容であることから予算特別委員会の前に採否を判断できないということで継続審議となる。その後、予算特別委員会において関連予算に対する審議が行われた。その過程では、小美濃安弘市議(自由民主市民クラブ)が自治基本条例第十九条と住民投票条例との関係性について踏み込んだ質疑を行っている。
小美濃 ……住民投票制度に向けた論点整理をするということが書いてありました。……これは、自治基本条例で定められた住民投票制度について有識者、市民の意見を参考に論点整理をするというふうに書かれておりました。住民投票制度というのですか、それが住民投票条例になるのですけども、それの根拠条例は、自治基本条例の第十九条ということになっています。……
それで、……第十九条のところで、住民投票については……明記はしていますけれども、別に条例で定めるというふうに書いておりますので、住民投票条例が成立して施行した後に、ここは定めたものに変わります……自治基本条例は、全面施行ではないという認識ですというふうに(市長は)御答弁をされています。ということは、……住民投票条例ができるまでは、十九条は完結していないということなのかなというふうに思います。
そうなると、今後、有識者や市民の方と……議論をしていくのに当たって、自治基本条例十九条と住民投票制度というのはお互い相関関係にあるのではないかと思うのですけども、このことについてはどうですか。
渡邉(行政経営・自治推進担当課長) 自治基本条例自体が有効に成立しております。その中で付則がございまして、十九条については、別にいわゆる住民投票条例を定めるまでは効力が発生していないという状況でございます。ただ、御案内のとおり、大きく決められているのは二つでございます。いわゆる廃置分合等については住民投票をやっていこうというのが第一項。それから第二項につきましては、別に条例で定めるという文言が対象事項と請求者のところにありますけれども、これはポイントは、住民発議に限定して、一定の事項については一定の請求があれば必ず実施しましょうと、それを定めたところでございます。ですので、対象事項であったり、請求者はまだ全く決まっておりません。そこにはいろいろ選択肢があるのだろうと思いますので、令和五年度当初予算案で論点整理のための経費を計上させていただきましたけども、そこら辺のところをしっかりと専門家の知見もいただきながら、市民の方に分かりやすく議論していただけるように論点整理をしていく予定でございます。
小美濃 いやいや、質問に答えていない。自治基本条例十九条と住民投票制度は、だから相関関係があるのでしょうと。こっちが変わればこっちが変わるし、こっちが変わればこっちが変わるという、自治基本条例のほうが、という話になるわけでしょう。相関関係があるわけですよね、ということは、決まっていないのだから。
渡邉 十九条の規定自体は成立しておりますので、これを大前提としてやっていきますので、住民投票制度の議論次第でこの十九条が動くとか、そういうことではなくて、まずは出発点としては、十九条を大前提として、その上で住民投票制度の在り方を議論していくということになります。
小美濃 そうすると、市長の答弁とこれは違ってしまいますよ。市長はこう言っているのです、住民投票条例が成立し、施行した後に、「ここは定めたものに変わります。」と。この「ここ」というのは十九条の決まっていないところなのです。……
なので、私はこの前も代表質問で言ったのですけども、そうなると、やはり十九条も含めて、住民投票制度は、議会はもう一定の議論をしましたから。ただ、これから話す有識者と市民に関しては、住民投票だけぽっと取り出して、これだけ話せ、これだけ議論しろと言われても、これはやはりできませんと言う人も出てくるかもしれない。だから、十九条も含めてしっかりと議論しなければいけないのではないかと思うのですが、見解を伺います。
渡邉 ……文章でいえば、別に条例で定めるという部分は空欄になっているわけです。それが新しく住民投票条例制度が可決すれば、その内容が空欄に入っていく、それによって十九条が完成するということになります。
小美濃 だから相関関係があるということです。住民投票条例がAというものになれば、ここの部分にAの内容が入ってくる、変わってくるわけです。今は別に条例で定めるとしか書いてないけども、お互い関係はしてくるということです。……
些か長い引用になったが、住民投票制度を巡る議論の展開次第では自治基本条例第十九条の改正も想定している――それは、《考える会》の方向性と重なる部分がある――のかと詰め寄る小美濃市議に対して、現行の第十九条を前提とする議論に止めたい当局はノラリクラリとした答弁を繰り返して言質を与えない。
とは言え、この問題意識は予算特別委員会において――自由民主クラブの内部ですら――共有されるに至らず、予算案に不賛成の小美濃市議は採決を退席した。続く本会議における採決においても、反対・二名(品川春美・下田ひろき)、退席・二名(小美濃・小林)に対して、二十一名が令和五年度予算案に賛成し、「住民投票制度確立に向けた論点整理」事業が進められる可能性が高まった。
市議会議員選挙
四月二十三日、統一地方選挙後半戦に合わせて武蔵野市議会議員選挙が行われた。
それに先立ち、《考える会》では現職議員および立候補予定者三十九名に以下のアンケートを送付し、二十八名から回答を得た。
1.令和三年十二月の市議会で否決された住民投票条例案の問題点について(三つまで複数回答可)。
①問題点はない
②常設である
③武蔵野市の権限外の事案も対象となり得る
④投票に掛けるか否かの最終的判断が市長の判断に委ねられている
⑤投票活動に対する規制がなく、票の買収など公正性が損なわれかねない
⑥投票率が50%に達さず投票が成立しなくとも結果を公表する
⑦外国籍住民に投票権を認めている
⑧外国籍住民に投票権を認めるための居住条件が短すぎる
⑨その他(具体的に御願いします)
2.松下市長が住民投票制度確立ありきで論点整理を進めることについて。
①賛成
②反対
③どちらでもない
3.住民投票制度を規定した自治基本条例の第十九条との関係について。
①現行の規定に基づき、住民投票条例を定めるべき
②規定は存置するが、住民の理解が得られるまで住民投票条例の制定を棚上げすべき
③住民投票制度の是非を改めて検討した結果、必要に応じて削除・改正すべき
④住民投票制度は不要であるから、即座に削除すべき
⑤その他(具体的に御願いします)
4.住民投票制度に関する御意見を御自由にお書き下さい。
その詳細は「2023武蔵野市議選・特設サイト/住民投票制度アンケート結果」〔https://musashinojyuumintouhyou.jimdosite.com/〕に掲載されているが、このアンケートの回答において、設問1で何らかの問題点を指摘し、設問2で「反対」と明言した者のうち、これまで《考える会》の会合あるいは代表である金子の講演に参加した者を《考える会》として推薦することとし、以下の十名に推薦状を手交した。
小美濃安弘(現/無所属・自民党推薦)
キクタケ進(新/NHK党)
きくち加奈子(新/参政党)
木﨑ごう(現/無所属・自民党推薦)
小林まさよし(現/自民党)
下田ひろき(現/無所属)
東まり子(現/自民党)
東山あきお(新/日本維新の会)
深田貴美子(元/日本維新の会)
山崎たかし(新/無所属)
また、《武蔵野の明日を切り拓く会》と共同で作成した「困った武蔵野 4.23市議選 1票×未来」の見出しを付した啓発ビラ(三万枚)を作成し、ボランティアを募って告示日直前に配布した。表面に市議会の構成や立候補予定者の政治的スタンスなどを図示し、裏面に秋野つゆみ氏によるマンガ「武蔵野市ピンチ!!市議選には絶対行こう!!」を掲載したチラシは一部で話題になった。
このチラシが功を奏したのか、投票者数は前回(平成三十一年)の市議選より五千五百票あまり増加し、投票率も五〇・八九%と前回より四%ほど上昇した。《考える》会が推薦した候補者(十名)のうち七名が上位から中位で当選した一方、令和三年度の住民投票案に賛成した左派リベラル系市議(計十一名)のうち二名は落選し、八名は当選したものの得票数を減らした(残る一名は引退)。ただ、残念なことに共産党の新人に加えて左派リベラルの元職と新人が当選したため左派リベラル系市議の総数は変わらず、さらには、反対を明言している維新の二名はともかく、令和三年の住民投票条例案に反対して今回の選挙でも当選を果たした保守中道系市議(十二名)の中にも温度差があり、当局の切り崩しに遭う可能性が否定できない。
住民投票制度に関する有識者懇談会
こうした市議会の状況を見透かしたのか、市当局は《住民投票制度に関する有識者懇談会》(以下、《有識者懇談会》)の設置に踏み切り、『市報むさしの』(令和五年六月十五日)に構成メンバーを公表した。
岡本三彦(東海大学政治経済学部教授)
木村草太(東京都立大学法学部教授)
小早川光郎(後藤・安田記念東京都史研究所理事長)
玉野和志(放送大学教養学部教授)
新村とわ(成蹊大学法学部教授)
構成メンバーの略歴と住民投票制度に関するスタンスを以下に整理しておく。
岡本は昭和三十七年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。その後、(財)日本都市センター研究員、流通科学大学法学部助教授などを経て現職。スイスなど欧米と日本とにおける地方自治の比較研究を専門とし、「自治体の政策過程における住民投票」〔『会計検査研究』(45号)二〇一二年〕住民投票制度について肯定的な論考を執筆している。
木村は昭和五十五年生まれ。東京大学法学部卒業。同大助手などを経て現職。リベラル系の憲法学者として知られ、メディア出演も多い。米軍辺野古基地建設に関し、憲法第九十五条に基づく住民投票を経て「辺野古基地設置法」を制定するべきとの論考――「『辺野古基地設置法』制定で住民の意思を確認せよ――ウェブサイト「ポリタス」に寄稿している〔https://politas.jp/features/7/article/405〕。
小早川は昭和二十一年生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授を経て、現在は名誉教授。かつて成蹊大学法務研究科(法科大学院)研究科長を務めた。行政法の大家で、日本公法学会の前会長でもあるが、管見の限り、住民投票制度の是非について具体的な発言は行っていないようだ。
玉野は昭和三十五年生まれ。東京大学社会学研究科博士課程修了。流通経済大学社会学部助教授・首都大学東京人文科学研究科教授などを経て現職。コミュニティ政策や住民自治の研究者で、武蔵野市コミュニティ評価委員会の委員長を務めるなど市当局との関係も深い。社会学者であるためか、法学・政治学の領域に関する具体的な言及は見られない。
新村は昭和四十八年生まれ。東北大学大学院法学研究科公法学専攻博士課程修了。成蹊大学 法務研究科(法科大学院) 准教授などを経て現職。自治基本条例(仮称)に関する懇談会の委員として、住民投票制度の導入に積極的なスタンスを取っていた。
以上のことから分かる通り、住民投票制度に異議を表明している有識者は一人も居ない。
これでは制度の可否を公平に検討することは不可能であり、当局の描いたシナリオ通りに議論を行う御用懇談会になりかねない。
そのような懸念を懐いた《考える会》は、六月二十一日に「『住民投票制度に関する有識者懇談会』メンバーの多様化に関する陳情」(陳受5第17号)を提出した。同陳情は八月十八日の総務委員会で審査が行われる予定である。
なお、《有識者懇談会》は七月四日および八月四日にわたって会合が行われているが、その内容については、八月十八日に行われる陳情審査の模様と併せて報告したい。