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国会の低迷に対して、救国の書あり! 門田隆将著「日朝友好侵略史」産経新聞出版 家村和幸編著「現代語で読む 林子平の海国兵談」並木書房     西村眞悟

世界的な数学者であった岡潔先生(1901~1978年)は、晩年、奈良の自宅に集まった人に、

「日本人は情の人であるということを自覚するということが、今、非常にしなければならないことである」、また、「道徳とは人本然の情に従うことである」と語っていた。

そこで、

本年七月八日の銃撃による安倍晋三氏の死亡から九月二十七日の「故安倍晋三国葬儀」までに、

政界やマスコミ界で「安倍晋三国葬反対」を主張する論者の言動を見ていて、心に甦ったのが、この岡潔先生の言葉だった。

そして、遂に、戦後の日本では、情を感じない「無血虫」の繁殖が本格化したと思った。

それ故、始まった国会での議論など注視する気がしない。彼らは、日本人ではない。

祖国と日本人同胞への愛と情があるならば、

現在の我が国を取り巻く厳しい内外の情勢のなかで、

国会が集中すべきは、我が国の国防体制の強化であり、北朝鮮が拉致した多くの日本人の救出である。

しかし、国会は、このことに集中していない。

また、国葬儀に反対していた者達は、このことに無関心である。

小選挙区制になってからの国会の劣化は著しい。

 

このうえで、本稿を書き始めた動機を語りたい。

それは、国会の劣化を嘆くことではなく、言論界に於いて現れた「救国の本」を、二冊、諸兄姉に紹介する為である。

 

その一つが、

門田隆将著「日中友好侵略史」(産経新聞出版)だ。

本年は、日中国交樹立五十年に当たるが、本書は、我が国の政界、官界、財界、マスコミ界が触れない中共の対日工作活動を暴露している。

では、何故、我が国の政界、官界、財界、マスコミ界・・・は触れないのか。その理由は、これら日本の主要分野は、「ほとんど中国の工作で自在に操られ、自由民主党ですらおよそ八割を『親中勢力』が占めると言われている」からだ。

振り返れば、我が国は、戦前、中国民族の本質や特性の解明を怠って大陸政策を誤った。

これが泥沼の日中戦争から大東亜戦争の敗戦につながる。

仮に、戦前の日本が、福沢諭吉の「脱亜論」や、情報将校の草分けである福島安正の清国偵察記「隣邦兵備略」そして内田良平の「支那観」などの警告に耳を貸せば、我が国は、悲惨な敗戦には至らなかっただろう。

 

福沢諭吉は、明治十八年、「脱亜論」で

「支那朝鮮に接するの法も、隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之れに接するの風に従って処分すべきのみ。・・・我は心において亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり。」と断言し、

福島安正は、明治十二年、清国を偵察して次のように報告している。

「清國の一大弱点は公然たる賄賂の横行であり、これが百悪の根源をなしている。

しかし清国人はそれを少しも反省していない。上は皇帝、大臣より、下は一兵卒まで官品の横領、横流しを平然と行い、贈収賄をやらない者は一人もいない。これは清国のみならず古来より一貫して変わらない歴代支那の不治の病である。このような国は、日本がともに手を取ってゆける相手ではありえない。」

また、孫文を助けて中国に革命政権を樹立しようと志した内田良平は、

中国人に裏切られた後に「支那観」という一書を書き上げ、その中で次のように警告している。

「相変わらず金銭万能が支那の国民性の持病となっているのだ。

堂々たる政治家を自認する者にして、美辞麗句とは裏腹に振る舞いは汚れ、

彼らの心事が巷の守銭奴と何ら変わらないのは昔のままである。」

以前、

中共の某首相が我が国を訪問し、衆議院本会議場で演説をしたことがあった。

その時の彼の仕草を見て、内田良平のこの一文を思い出して、笑った。

事実、彼は後に莫大な私腹を肥やし続けていたことが判明した。

また、現在の習近平主席を見ていても、

「堂々たる政治家を自認する者にして・・・巷の守銭奴と何ら変わらない」

が、まさに当て嵌まる。

 

以上の、明治から大正初年に出た中国に関する警告に、我が国の為政者が従っておれば、昭和の我が国の破綻は防げたであろう。

そこで、令和の御代に入った現在、我が国の破綻を防ぐ、警告の書は出たのか。

それが、遂に出たのだ。

則ち、門田隆将著「日中友好侵略史」産経新聞出版、である。

著者の門田隆将氏に敬意を表する。

諸兄姉、国の将来の為に一読されたい。

 

次の一冊は、

家村和幸編著「現代語で読む 林子平の海国兵談」並木書房である。

現在の我が国の仮想敵国は、ロシアと中国である。

江戸時代中期に生きた林子平(1738~1793年)は、

明確に北のロシアと西の清国が我が国の仮想敵国と認めた最初の日本人である。

1711年、コサックを尖兵とするロシアの探検隊は、カムチャッカから南下して千島列島のウルップ島以北に進出してきて始めて我が国と遭遇した。

実に、ロシアは我が国との最初の接触の時から、我が国に領土を求めたのだ。これが、長い航海で欠乏した水と食料を我が国に求めた欧米とロシアの決定的な違いである。

そして、我々は、このロシアは現在のウクライナ侵攻を見ても明らかなように、何も変わっていないことを確認すべきだ。

日露戦争の際のロシア海軍軍令部は次のようなコメントを発している。

「極東でロシアが絶対優位権を確立せんと欲するならば須く日本を撃破し、

その艦隊保持権を喪失せしめねばならない。

対日戦争では、日本人を撃破するのみにては不十分で、更にこれを殲滅しなければならない。」

そして、現在のロシア大統領プーチンが、

「ソビエト国歌」のメロディーに付けた「ロシア国歌」の歌詞は次の通りだ。

「ロシア!我らが聖なる帝國・・・南の大海原から北極圏に至る、

我らの森林に原野・・・神が護りし祖国よ!」

では、この歌詞にある「南の大海原」とはロシアの何処の海か?

欧州の海に「南の大海原」はない。我が国の南に広がる海ではないか。

 

江戸時代中期に生きた林子平は、既にこのロシアの本質を見抜き、日本で始めて海の向こうの外敵と戦う為の兵法を論じた先覚者である。

彼の著書の「海国兵談」は、太平の世に警鐘を鳴らし、兵法書のなかで始めて日本を陸続きの隣国をもたない「海国」と規定して、第一巻を「水戦」として船と大砲で異国船を沈める方策をいくつも提示している。まさに独創性に富み創意工夫に満ちた書である。

この江戸時代中期に生きた先覚者の警告の書は、

確実に現在の読者に感銘を与え続けるであろう。

是非、一読されたい。

編著者の家村和幸氏は、

防衛大学校を卒業して戦車中隊長、幹部学校戦術教官を務めた兵法研究家で、

戦略・戦術・戦法及び武士道精神を広く国民に普及する活動を展開している。