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【憂国の直言】 岸田首相は真の国益を追求せよ   松木國俊(朝鮮近現代史研究所所長)

米英が中国の人権弾圧への抗議のために北京五輪を「外交的にボイコットする」と発表した。しかし岸田首相は「五輪の意義、わが国の外交にとっての意義等を総合的に勘案し、国益の観点から自ら判断していきたい」と煮え切らない態度を取り続けた。一体何を迷うことがあるのだろう。日本にとって最大の国益は、独裁政権の下で膨張を続ける中国から日本の独立を守り通すことではないか。

岸田首相の周辺には外交ボイコットをすれば、中国に進出している日本企業が嫌がらせを受けると主張する輩がいるらしい。実際に財界のある幹部は「余計なことを話して中国政府に睨まれると対中輸出や現地販売を突然規制されかねない」と怯えた発言をしている。(12月26日付産経新聞5面参照)人間の尊厳も国の将来もおかまいなし、目先の私的利益のみをむさぼる企業人やそれに媚びる政治家の醜さに、心底より義憤を覚えるのは私だけだろうか。

彼らが自由な生活を謳歌し、思い通りの企業活動を続けて行けるのは、日本国が自由民主主義国家としてまがりなりにも独立を保っているからである。だが中国の属領となれば、全ての自由は失われ、文化抹殺、民族浄化の対象となることは、ウイグルやチベット、内モンゴルの状況を見れば明らかだ。日本の領土、領海、国民の生命財産、そして天皇を頂く日本の自由民主主義体制を守り抜くことこそ真の国益であることを岸田首相は今こそしっかりと認識すべきだろう。 

軍事的膨張を続ける中国に対し、防衛費がGDPの1%以下の日本が単独で太刀打ちすることは遺憾ながら困難である。将来的には核武装を含めた自主防衛体制を築くべきであるが、現状ではアメリカ、イギリス、オーストラリア等自由民主主義理念を同じくする国々と強力な同盟関係を築き、中国を抑え込む以外に手立てはない。ならば今こそ自由主義国家としての旗幟を鮮明にし、強権独裁国家である中国の国際法を無視した拡張政策に立ち向かわねばならない。当然ながら北京五輪は米英加などと歩調を合わせ、人権弾圧に抗議する意思を明確に発信して外交ボイコットを行うべきではないか。

ここで想起すべきはあの幣原喜重郎外相の「世紀の失策」である。1925年時点ではイギリスで日英同盟の復活を望む声が高まり、当時の駐日英国大使サー・チャールズ・エリオットは「東洋に関する限り、特に我々が東洋と西洋の双方におけるソ連の活動の危険性を正しく評価するならば合衆国よりもむしろ日本と協力しなければならない」と本国に報告し、イギリス王はこの結論に特に感銘を受けたと言われる。(『大東亜戦争への道』中村粲著より)

しかしながら時の外相であった幣原は日英の協力に全く無関心であり、むしろ支那やソ連に譲歩を繰り返し、やがてエリオット大使は幣原の軟弱外交に絶望することになる。

1927年3月には支那の蒋介石軍が北伐の過程で南京を占領した。蒋介石軍の兵士は暴徒と化した一部市民と共に同月24日に外国の領事館や居留地などを襲撃し、暴行・掠奪・破壊など暴虐の限りを尽くして、日本1人、イギリス3人、アメリカ1人、イタリア1人、デンマーク1人を殺害した。日本人婦女子30人も少女に至るまで凌辱されている。被害はさらに拡大する様相を呈し、イギリスは当然日本軍も英軍と共に暴徒鎮圧にあたるものと考えて日本軍に出動を要請した。ところが幣原は「対支不干渉政策」なるものを掲げて、イギリスからの出動要請に応じず、ために米英軍のみで反撃が行われ、米英の軍艦は南京城内に大量の砲弾を撃ち込み蒋介石軍や暴徒をかろうじて鎮圧した。日本海軍は幣原の方針を守って一発の砲弾も打たなかったが、この時の幣原の判断が日本に取り返しのつかない災禍を招くことになったのだ。

南京事件以降、日本はイギリスの信頼を完全に失い世界で孤立することになった。一方支那側は「日本軍は張り子の虎で反撃も出来ない」「日本人には何をやっても構わない」と日本を侮るようになり、その後猛烈な排日侮日運動が展開されることになる。幣原の優柔不断さが結果的に支那事変を誘発し、大東亜戦争の遠因の一つとなったことは否定できない事実である。

東亜の情勢は再び急を告げている。日本は幣原外相の犯した大失策を再び繰り返してはならない。改めて岸田首相に申し上げる。眼前の損得勘定をめぐる雑音に左右されず、安易な妥協をせず、十年先、二十年先を見据え、旗幟鮮明にして自由主義国家群と連携を深め、世界覇権を狙う中国に毅然と対応して欲しい。日本の真の国益を守ること。それこそがあなたに負わされた最大の使命なのだ。