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暗躍する「プロ市民」から共同体を守れ ――武蔵野市からの経過報告 里見日本文化学研究所所長 亜細亜大学非常勤講師   金子 宗德

 武蔵野芸能劇場におけるタウンミーティング

 

 本誌十一月号の拙稿において、弊研究所の所在地である東京都武蔵野市で制定が画策されてゐる住民投票条例案の問題点に言及したけれども、ほゞ同時期に何人かの武蔵野市民の方々と懇談する機会があつた(私もまた、武蔵野市民である)。その場において、このやうな市当局の暴挙を止めるには、条例案の問題点を広く住民に知らせ、反対の動きを糾合することが必要ではないかとの結論に至り、小生を代表とする「武蔵野市の住民投票条例を考える会」(以下、「考える会」)が結成された。

 「考える会」の目的は、以下の二つである。①条例案の問題点を武蔵野市内外に伝へること、②条例案に懸念を有する市内外の声を武蔵野市当局および市議会議員に届け、条例が必要であるか否かも含めてゼロベースで再考するやう促すこと。

 以上の方針に基づき、十一月十三日午後に三鷹駅前の武蔵野芸能劇場・小ホールでタウンミーティング「考えよう!武蔵野市の住民投票条例」を開催した。前日の産経新聞で、十九日から始まる市議会定例会に条例案を上程するといふ市当局の方針が報道されたこともあり、十分な周知活動が出来なかったにもかゝはらず、市内外から百名弱が集まり、会場は一杯となつた。

 私は主催者として司会を務め、基調講演は村田春樹氏〔自治基本条例に反対する会会長〕に御願ひした。村田氏の講演は、ブラックユーモアを織りまぜつゝ、①専門家や議会による熟議の成果がポピュリズム的熱狂によつて覆されかねない、②住民どうしの対立を助長しかねない、③小中学校にエアコンを入れるか否かなど些末なテーマが住民投票の対象とされかねない、④政治的に濫用される可能性が払拭できない、⑤結果的に行政当局や議会の責任回避に繋がりかねない、⑥投票資格者を公職選挙の有権者以外に拡大すると余分な費用が必要になる、⑦外国人参政権の一里塚となりかねず憲法違反の虞がある、といつた住民投票条例の問題点を次々に指摘する有意義なものであつた。

 次いで質疑応答。できることなら市当局から担当者を招いて条例案に対する見解を伺ひたかつたのだが、市当局(総合政策部企画調整課)は条例案を市議会に提出しようとする段階であることを理由として出席を拒否した。そこで、条例案に対する懸念は杞憂であるといふ旨の発言(本誌十一月号において紹介)をした武蔵野市議の藪原太郎氏〔立憲民主ネット〕に出席を要請したものゝ、先約があると断られてしまつた。村田氏との論戦になれば、と期待したのだが…。

 とは云へ、同市議の小美濃安弘・菊池太郎・木崎剛(ともに自由民主・市民クラブ)の各氏、さらに前同市議の深田貴美子氏が御参加下さり、小美濃・木崎・深田の各氏からは貴重なコメントを頂戴した。加へて、元東京都議会議員の土屋敬之氏や千葉県浦安市議会議員の折本龍則氏からも連帯の挨拶があつた。

 次いで、その後、参加された方々との質疑応答が行はれた。中でも印象的だつたのは、邑上守正前市長時代の平成二十四年に策定された「市民活動促進基本計画」で「市民協働」といふ概念が強調されてをり、それが今回の住民投票条例に繋がつてゐるが、こゝでいふ「市民」とは一般勤労市民ではなく、専ら「市民運動」に従事する者すなはち「プロ市民」である、といふ指摘であつた。つまり、「プロ市民」=「左派リベラルの活動家」からすると、長年の深謀遠慮が漸く実つたものであり、これを降つて湧いたものであるかの如く大騒ぎしてゐる時点で、私たち反対派は不利な状況に置かれてゐることを率直に認めなければならない。

 なほ、この集会には、武蔵野市を含む東京十八区から選出された長島昭久衆議院議員(自由民主党)の代理として秘書の花咲宏基氏も出席されてをり、市民・自民党市議団・長島衆議院議員の三者が条例案の白紙撤回という共通目的の下に結集する形となった。

 

 陳情の提出と署名活動の開始

 

 タウンミーティングにおける議論を踏まえ、十五日、「考える会」の代表として「住民投票条例の廃案、あるいは継続審議を求める陳情」を市議会事務局に提出した。

 以下に陳情文の一部を掲げるが、それを見れば明らかな通り、この条例案は、市政の実権を掌握した「プロ市民」による「静かなる革命=地域共同体の私物化」と「静かなる侵略=多文化共生ならぬ強制」を推進する道具としか云ひやうがないのである。

 

 武蔵野市では令和二年四月施行の自治基本条例の規定を根拠に住民投票条例(仮称)の制定に向けた準備が進んでおり、松下玲子市長は令和三年第四回定例会に本条例案を上程する方針を明らかにしております。しかしその内容や検討過程には以下の点で大きな問題をはらんでいると考えます。

 ……喫緊の事態が想定しにくい武蔵野市の現状では、住民投票制度をあらかじめ設ける必要性に乏しいのです。

 次に条例案では外国籍を含め三か月以上住民基本台帳に登録されれば投票権が付与されるため、選挙の有権者と、住民投票の投票者が異なります。日本国籍を有する住民による選挙で選ばれた代表者であることが二元代表制のよりどころであり、有権者と異なる投票者による意思決定を反映することは二元代表制の補完にはならず、むしろ議会の機能低下につながりかねません。……

 検討過程も大いに問題があります。検討が進んだここ一年半はコロナ禍により通常の日常生活に制限がかかり、住民が一堂に会して議論を深めたり、対面で説明会を実施したりするのは難しい状況でした。 

 ……以上の見地から、本条例案は武蔵野市にとって喫緊に策定しなければならない条例であるとは言えず、多くの住民を交えた議論を経ぬままに議決するのは拙速と言わざるを得ず、よって下記のとおり陳情いたします。

   記

1 住民投票条例(仮称)案を廃案とした上で、根拠条例となる自治基本条例19条を削除することも視野に再検討すること

2 すくなくとも住民投票条例(仮称)案を令和3年第4回定例会では採決せず、継続審議とすること。                       〔原文ママ〕

 

 議案上程前の条例案について廃案を求める陳情が提出されるのは異例と聞いたが、翌十六日の議院運営委員会において、条例案との一括審査を十二月十三日の総務委員会で行ふことが決まり、条例案に対する市内外の懸念を市議会に届ける環境が整つた。

 陳情には、賛同の署名簿を付すことが出来る。条例案の問題点を武蔵野市内外に伝へるためにも、「考える会」として署名活動を積極的に行ふ方針を定めた。

 会員が自身の伝手で集めるだけでなく、啓発を兼ねて街頭でも積極的に呼びかけるべきとの判断から、十一月二十日(土)、二十一日(日)、二十三日(火・祝)に武蔵野市内にある三鷹駅・武蔵境駅・吉祥寺駅の駅前で街頭タウンミーティングと称して署名活動を展開することをインターネット上で告知した。

 併せて、全国各地に居られる弊誌読者の皆様にも署名の御願ひを発送させて頂いた。唐突な御願ひ、なほかつ期限も迫つてゐるにもかかはらず、皆様から多くの署名を御返送賜つた。「考える会」を代表して厚く御礼申し上げる。

 この頃から、産経新聞のみならず夕刊フジでも大きく報道され始めた。さらに、二十一日にはフジテレビの「日曜報道」で特集が組まれる。同番組では、鈴木江理子氏(国士舘大学教授)や橋下徹氏(元大阪市長・弁護士)による浅薄な賛成論を新藤義孝氏(自民党政調会長代理・元総務大臣)が完膚なきまでに論破し、「考える会」にとつては強い追ひ風となつた。

 その一方、条例案の全体にではなく、三ヵ月しか住んでゐない外国人にも投票権を与へるといふ部分にばかり関心が向けられた結果、「外国人参政権を脱法的に与へること認めるべきでない」と主張する政治団体(新党くにもり・日本第一党など)と「条例案に反対するのはレイシスト(人種差別主義者)である」と主張する左派グループ(しばき隊)が市内で大規模な活動を展開し、時には両者が衝突して市民生活の妨げとなる事態も生じた。その結果、街頭タウンミーティングの会場変更を余儀なくされるなど、「考える会」の活動も影響を受けた。

 

 賛成派の策動

 

 「考える会」が巻き起こした反対論の高まりに対して、賛成派も対抗の動きを見せる。

 その手始めとして、十一月十八日に「むさしの市民憲法フォーラム」なる団体が条例案に賛成し、右派団体の行動を「威圧的」だと非難する緊急声明を発表した。その賛同者は以下の通り。

 

・愛敬浩二(早稲田大学教授/憲法)

・石坂啓(漫画家)

・上野千鶴子(東大名誉教授/社会学)

・大石芳野(写真家)

・金子あい(女優)

・蒲内啓子(元ラジオパーソナリティ)

・金聖雄(映画監督)

・小原隆治(早稲田大学教授/地方自治)

・澤地久枝(ノンフィクションライター)

・高木敦子(弁護士)

・高木一彦(弁護士)

・武田真一郎(成蹊大学教授/行政法)

・長谷川憲(工学院大学名誉教授/憲法)

・春山習(亜細亜大学講師/憲法)

・前川喜平(元文部科学省事務次官)

・美内すずえ(漫画家)

・宮子あずさ(看護師・エッセイスト)

・吉田善明(明治大学名誉教授/憲法)

 

 この中で最も有名なのは、『ガラスの仮面』の作者である美内氏であらう。他にも上野氏や前川氏などの名も見えるが、主導してゐるのは高木一彦氏と見て間違ひない。

 武蔵野市・吉祥寺に「吉祥寺市民法律事務所」を構へる高木は、名古屋大学在学中は学生運動に携はり、弁護士となつてからは労働裁判を中心に請け負つてきたといふ。国鉄分割民営化によつて労働運動が衰退すると行政裁判にシフトし、長らく武蔵野市長を務めた土屋正忠氏とは何度も司法の場で争つたとも聞く。

 また、近年は「辺野古アクションむさしの」なる団体を主宰するなど沖縄米軍基地反対運動とも連携してをり、平成二十七年八月には辺野古への新基地建設の強行に反対する意見書を市議会で採択すべきとの陳情を提出した記録が残る。驚くべきことに、この意見書は九月の市議会で採択されてゐる。

 まさかとは思ふが、市議会における意見書採択のみならず、住民投票条例が制定された暁には住民投票による決議を目指してゐるのではないか。条例案の第四条二項を見ると、「武蔵野市の権限に属さない事項」は投票の対象としないとしながらも「住民全体の意思として明確に表明しようとする場合は、この限りでない」とあるのだ。さらに補足すると、第三十条には投票者数が成立要件に達しなくとも開票結果を公表するとあり、取り敢へず住民投票にさへ持ち込めば、武蔵野市民の政治的意思として内外に公表することが可能となつてしまふ。

 

 一部メディアの偏向報道

 

 加へて、賛成派寄りの報道も現れ始めた。

 NHKは「首都圏ネットワーク」で市議会開会日の十九日に報道したが、登場した四人のうち賛成派が三名〔日本人住民・ネパール人住民・菅原真氏(南山大学教授)〕を占め、反対派は一名〔日本人住民〕のみといふ露骨な偏向報道であった。

 また、東京新聞は二十日朝刊の「こちら特報部」欄に「なぜ武蔵野市にヘイト攻撃」・「法的問題ないのに拒絶のわけ」といふ見出しを付した記事を掲載した。この記事は、系列紙である中日新聞(二十三日朝刊)にも転載されてゐる。

 この記事は、二つの点で極めて悪質と評さざるを得ない。

 第一に、右派団体の主張を十把一絡げに「ヘイトスピーチ」と決めつけ、その文脈で「考える会」に言及し、あまつさへ「メールで取材を申し入れたが返事がなかつた」と記してゐる点。そのやうな事実はないため、東京新聞の編集局長に対して事実確認を求める内容証明郵便を送付したが、現時点において正式な返答は届いてゐない。

 第二に、かうした形で「考える会」の社会的信用を傷つけた上で、評論家の古谷経衡氏のコメントを引用する形で「ネット右翼に影響力がある反対派の団体トップが武蔵野市在住」などと記してゐる点。「反対派の団体」イコール「考える会」とは明記してゐないが、さういふ印象を与へようとしてゐることは確かだらう。先にも記した通り、筆者は武蔵野市の住民であるし、本号巻末の賀詞広告を見れば「ネット右翼」(この概念じたい曖昧であるが)との関はりを否定できぬが、そこに指揮命令系統はない。

 断片的事実を繋ぎ合はせ、「考える会」および筆者が「ヘイトスピーチ」を行つてゐるかの如き印象を操作する論法には知性が全く感じられぬが、この記事を真に受けたのか、「考える会」の関係者に「金子は右翼の差別主義者だ!」と云ひ募る御仁も居たといふ。

 

 今後の見通し

 

 まだ伝へるべきことは多々あるが、紙幅が尽きさうであるため残りは次号に譲り、取急ぎ報告すべきことのみ記すことにする。

 十二月六日までに届いた署名総数は、武蔵野市内から二一一三筆、市外から一七四二筆の合はせて三八五五筆であり、それを八日午後に市議会事務局に提出した。その後も事務局や弊誌編集部に届いたものも含めて総務委員会で審査が行はれる十三日までに追加提出する予定である。

 この総務委員会では、私にも十分ほど陳述の機会が与へられ、委員との質疑も行はれる。そこで継続審議となれば次回の定例会に持ち越し、採決に持ち込まれたならば可決の可能性が高く、二十一日の本会議が最終決戦の場となる。

 つまり、本号が読者諸兄姉の手許に届く時点では何らかの決着がついてゐるわけだが、良い結果を伝へられるやう全力を尽したい。           〔十二月八日夜に記す〕

 

(国体学会)