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韓国ドラマ「イカゲーム」に畏怖する金正恩政権 宮塚利雄(宮塚コリア研究所)
北朝鮮は「マスコミより口コミ、タレコミ」の国である。活字媒体にしろ、映像媒体にしろ、メディアはプロパガンダの尖兵であり、独裁者金王朝賞賛のニュースの垂れ流しであるが、「モノ言えば唇寒し」の国だけあって、口コミには信憑性があり、命懸けであり、噂はすぐに拡散する。アメリカ動画配信大手のネットフリックスの韓国ドラマ「イカゲーム」を違法にコピーし、販売したとして北朝鮮の男が銃殺刑の判決を受けていたことが明らかになった。アメリカ政府系の「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」によると、USBメモリーを購入した高校生が終身刑、視聴した友人らは重労働刑を科されたという。
イカゲームはゲームの参加者のうち勝者が大金を手にする一方で、敗者は殺されるという「ディストピア(暗黒郷)ドラマ」で、9月の配信開始後、100ヶ国近くで視聴され、空前の大ヒットを記録している。北朝鮮対外宣伝メディア「メアリ(こだま)」は10月に早くもイカゲームを「弱肉強食、腐敗が台頭し、悪がはびこる韓国社会の現実を露呈した」と批判していたが、中国経由で中朝国境から入ってきたイカゲームの違法コピーのソフトを販売することは十二分に予想され、北朝鮮政府も警戒していたはずだ。北朝鮮の金正恩総書記は、韓国のポピュラー音楽、Kポップを「悪質ながん」と呼ぶなど、外国の映画、音楽の流入に警戒を強めているが、独裁者金正恩がたかが「映画、音楽の類」に驚愕するのは、これら外国の音楽、映画(特にポルノまがいのもの)が金王朝転覆の引き金になるかもしれないと言うことを危惧しているからに他ならない。北朝鮮は昨年末、米韓など資本主義国からの「反動的思想・文化」の販売、視聴に死刑を科すことを可能にする「反動的思想・文化排撃法」を制定、その27条には「南朝鮮の映画、録画物、編集物、図書、歌、図画などを直接見たり聞いたり保管したりした者は、5年以上15年以下の労働教化刑(懲役刑)を宣告され、禁止コンテンツを流布させた者は、無期労働教化刑(無期懲役刑)や死刑など最高刑に処す」とあり、外国の映像、音楽などを排除する姿勢を強めていたが、同法が適用されるのはこれが初めてとなる。共産主義国家では「思想と文化で体制維持を図ろうとする」のが国是であるが、北朝鮮は早くから外国からの資本主義思想と文化の侵入には警戒していた。
話は古くなるが、北朝鮮の刑法はたびたび改正されているが、04年と05年の刑法改正は、北朝鮮の社会ががらりと変わったことを示すものであった。韓国のテレビドラマの海賊版やエロDVDが砂漠に水がしみいる様に入り込んできたので、刑法の「退廃的な文化搬入、流布の罪」では、「退廃的かつ色情的で猥雑な内容を含んだ音楽、舞踊、絵画、写真、図書、録画物およびフロッピーデスクCD-RОМのような記憶媒体」の持ち込みを禁じ、「退廃的な行為を行った罪」では、それらを数回観賞したり、持ったり、そのような行為を行った者を罰することが切ると定めた。これはあくまでも資本主義の「退廃した文化思想の流入」に対する罰則であるが、今回のイカゲームは北朝鮮の若者に「資本主義的出世物語」を吹き込んでしまった。参考までに北朝鮮の刑罰は、死刑、無期労働教化刑、有期労働教化刑、労働鍛錬刑、選挙権剝奪刑、財産没収刑、資格剥奪刑、資格停止刑であるが、イカゲームを違法にコピーし販売したとして銃殺刑に処された男性には過酷な処分であったかもしれないが、金王朝としてみれば「イカゲーム」の人民、特に青少年に与える影響は甚大で、それが金正恩政権打倒の萌芽になることを恐れたのである。同じことは中国でも行われており、11月23日付けの「産経新聞は、「中国芸能界の統制強化 『拝金主義』批判 ネット配信監視」で、「中国の習近平政権が芸能界に関する統制をさらに強めている。中国当局は23日、インターネット上の芸能人に関する情報発信の管理を強化する通知を公表。『いびつな美意識』や『拝金主義』と言った『良くない価値観』を増長することを禁じる。人びとの価値観への介入を増すとともに、違反した芸能人への措置を厳格化させている」と報じている。先にも述べた「共産主義国家は思想と文化で体制維持を図ろうとする」ことは、もはや北朝鮮や中國では死語となりつつあるようだ。