コロナ禍と経済不況に加え食糧不足で人民の金正恩政権に対する不満が高まっている中、金正恩独裁体制そのものにも異常事態が発生している。金正日政権と金正恩の継承初期の8年間を平壌で勤務した、前駐平壌ドイツ大使のトーマス・シェファー氏が6月22日にRFĄ(自由アジア放送)のインタビューに応じ、「北朝鮮の政治体制が変化した」と主張した。同氏は「北朝鮮の政治権力は、金正恩単一体制ではなく、ごく少数エリートたちの集団指導体制である」という。つまり、北朝鮮を統治する集団は少数家族で構成された党内の安保部門の責任者たちで、彼らの強硬派が金氏一家を前面に出し軍部エリートと政治的取引で金正恩体制が誕生したという。この権力世襲の過程の後、強硬派と穏健派の間で権力闘争が絶え間なく展開されているというのである。
このようなトーマス・シェファー氏の指摘に対し、拓殖大学主任研究員の高永喆氏は「金総書記は実権を党と軍部に奪われた”操り人形ではないか」(『世界日報』「北朝鮮3代世襲に異常兆候」)と指摘し、トーマス・シェファー氏の発言内容を裏付けている。高氏によれば「今年1月9日、朝鮮労働党第8回大会で改正された党規約が最近、明らかになった。新たな党規約の特徴は、金日成・金正日の個人名が削除された点である。『敬愛する最高指導者』と呼ばれる金正恩総書記の名前は、新しい党規約一度も登場していなかった。『党員は偉大な金日成同志と金正日同志を永遠なる主体の太陽として高く崇め、敬愛する金正日同志の領導を忠実の情をもって奉じていかなければならない』 という『党員の義務』も削除された。北朝鮮では党規約は憲法より上位にあるので、これは大変な出来事だ。新しい党規約で祖父と父親と自分が貶められたにもかかわらず、現職の金総書記は受け入れざるを得なかった。不思議である。何故か、そこで浮上しているのが、金総書記は実権を党と軍部に奪われた操り人形ではないか」とのこと。
さらに金正恩独裁政権終焉を示唆するものとして、第8回党大会で改正された党規約の中で、「党中央委員会全員会議」に関する項目で、第一秘書(書記)の職制が新設され、「党中央委員会の秘書は、朝鮮労働党秘書(金正恩)の代人である」と規定した部分である。ここでいう代理人とは、金正恩ガ仕事を遂行できない時、彼に代わって統治する人物のことである。この「代理人」に驚くのは、1984年生まれと言われる37歳の金正恩が後継者を考えるべき年齢ではないことである。それにもかかわらず金正恩は「死」を意識しているのだろうか。
金正恩は6月29日の党政治局拡大会議で「責任幹部が非常防疫戦に関する党の決定事項の執行を怠った。国家と人民の安全に大きな危機をもたらす重大事件を生じさせた」と幹部を叱責し、その結果、北朝鮮軍の最高幹部で軍列1位の李炳哲政治局常務委員と2位の朴正天人民軍総参謀長が処分を受けた。7月8日に故金日成の命日に幹部らが錦繡山太陽宮殿に参拝する映像で、李は2ランク下の政治局員候補の列に立って軍服を着ておらず、朴は軍服姿だったが、星の数から次帥に降格されたことが分かった。軍のトップとナンバー2が降格処分にされた重大事件とは、金正恩が深刻な食糧難に苦しむ住民たちに戦時備蓄米の2号倉庫の食料を放出するよう軍に指示したが、すでに2号倉庫が空の状態だったため、李炳哲と朴正天が金正恩に報告せず、中国から食糧を密輸したという。この事実を知った趙甬元党書記らが金正恩にこのことを報告し、併せてこれを口実に軍首脳部を粛清しようとしたのである。党と軍の主導権争いであるが、李炳哲は昨年、党中央軍事委副委員長や政治局常務委員に選ばれ、元帥の称号も得る異例の昇進をした人物である。粛清はできず、党軍需工業部長に格下げした。しかし、李はひと月ほどで軍の序列1位に復帰した。軍と党の内部抗争が激化している。