contribution寄稿・コラム

【大嘗宮の屋根板葺は祭祀の伝統を損はないか】 新嘗の会世話人 小田内 陽太

本年は令和の元年、十月二十二日には即位礼正殿の儀が、十一月十四・十五日には大嘗祭が執り行はれます。

大嘗祭は、新帝陛下が即位後初めて新穀を皇祖天照大御神及び天神地祇にお供へになり、自らも召し上がられ、国家・国民の安寧と五穀豊穣を祈念される一世一代の大祭であり、皇位継承儀式の中で最も日本固有の文化的色彩の濃い祭典です。

 

古来日本人の生命を育んできた稲作と不離一体の精神文化の精髄である新嘗祭と大嘗祭は同一の文化に根差してゐますが異なる点があります。

それは新嘗祭は天皇と国民それぞれが毎年執り行ふ祭りであるのに対し、大嘗祭は天皇が国民の協賛奉仕を得て一代に一回だけ行ひ国家・国民の統合の形を顕現する祭りであることです。

その国民の協賛奉仕の形が、全国を代表して選ばれた悠紀国(今回は栃木県)・主基国(同じく京都府)からの新穀献上であり、両国の新穀を神々に奉る為の大嘗宮(その中心が陛下が祭祀をなされる悠紀殿・主基殿)での祭祀なのです。

大嘗祭を頂点とする天皇祭祀、それと不離一体の関係を持ち式年遷宮を頂点とする伊勢神宮の祭祀は、天地循環の周期(四季)に生かされてゐる生命の姿のままに、人間の生命活動を守り給ふ神々に生命活動の成果である新たな食・衣・住を定期的に供へ感謝・祈願するといふ形で一貫してゐると拝察致します。

それ故、食の中心である穀物が新穀であることはいふまでもなく、神々にお降り頂く御座所として住の要素を持つ悠紀殿・主基殿も変らざる伝統の形のままに新たに採取した茅(かや)で造営され、永遠の瑞々しさを表現してゐるものと存じます。

一世一代の大祭の為にのみ造営される大嘗宮は重大な文化・文明的意義を持ち、それ自体御座所として奉る意義が感じられ、単なる式典の会場と割り切り軽視できるものでありません。

 

その大嘗宮の造営事業に於て、現在、歴史・伝統・文化の営々たる継承が断絶する恐れのある事態が進行してをります。

 

昨日七月二十六日、皇居東御苑にて大嘗宮の地鎮祭が行はれました。

新聞各社の記事は宮中の祭祀を司る掌典職による祭典のあらまし、造営工事を清水建設が予定価額の六割で落札した事実を伝へてをりました。

https://www.sankei.com/life/news/190726/lif1907260016-n1.html

 https://www.youtube.com/watch?v=Rl6pz9ACZ2g

 

問題はこの造営工事の仕様・設計です。大嘗祭は現憲法下では「皇室の公的行事」と解釈され、憲法が内閣の「助言と承認」を要すると規定している「国事行為」ではない為、政府はその詳細を管掌することなく、所管である宮内庁が必要な事業を執行してをります。

宮内庁は即位礼及び大嘗祭の実務を執行する為、昨年十月大礼委員会を組織、その第三回委員会(十二月十九日)で以下の大嘗宮造営方針を示しました。

「前回、平成度は、昭和度まで萱葺きであった帳殿などを全て板葺きへと変更する中で、悠紀殿、主基殿、廻立殿の主要三殿のみを萱葺(かやぶ)きとしたが、今回は、材料調達の困難性や特殊な専門技術者の不足などの状況を踏まえ、一定の工期内での大嘗宮の完成という全体工程上の要請に、

コストの抑制などを併せ総合的に勘案した結果、今回は、主要三殿についても、材料調達が容易で工期の短縮が見込める板葺きに変更することとした。板葺きとすることにより、自然素材を用いて短期間に建設するという大嘗宮の伝統は維持し得るものと考えている。」(大礼委員会(第3回)議事概要)

http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/shiryo/tairei/

 

大嘗宮(悠紀殿・主基殿)の建築は、天武天皇の立制以来「構ふるに黒木(樹皮を剥がぬ丸太)を以てし、葺くに青草(あをかや。茅)を以てせよ」との方針が厳守されて参りました。

その方針は古代の法令書といへる『儀式』や『延喜式』にも「践祚大嘗祭儀」の項で明示されてをります。千三百年以上に亘り、御代御代毎にこの屋根の葺き方は厳守され、戦国時代の長い大嘗祭自体の中断の後にも復興、そして継承されてきました。勿論、日本が近代国家の体制を整へた明治以降も、大正・昭和そして平成とこの伝統の形は守られて参りました。

その背景には、祭祀に於ける大嘗宮自体の尊貴な意味があり、それを守らむとされた歴代の陛下や多くの臣下民草の祈りと努力があつた筈です。瑞々しいイネ科の茅(青草)で葺かれた太古そのままの建物こそが、大嘗祭の核心であるイネの新穀(新米)を供へる祭祀に相応し、先祖から脈々と継承された衣食住のなつかしい原型を体現するものであつたからでせう。

以下に識者の論考をリンクします。

 

大嘗宮の行方 都立小岩高校主幹教諭・國學院大學兼任講師 中澤伸弘 氏

https://www.jinja.co.jp/ycBBS/Board.cgi/00_backnumber_db/db/ycDB_01news-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=105118&opt:htmlcache=1

大嘗祭は茅葺きで 筑波大学名誉教授・日本茅葺き文化協会代表理事 安藤邦廣  氏

https://www.jinja.co.jp/ycBBS/Board.cgi/00_backnumber_db/db/ycDB_01news-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=105268&opt:htmlcache=1

板葺ではなく茅葺を~大嘗祭を古式で営む象徴行為としての屋根 九州大学大学院教授・文化審議会世界文化遺産部会委員 藤原惠洋 氏

https://www.jinja.co.jp/ycBBS/Board.cgi/00_backnumber_db/db/ycDB_01news-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=105475&opt:htmlcache=1

 

伝統の尊さはそれを「継承」することにより維持・更新されます。生命と同様、「断絶」は伝統を大きく損ひます。

今、天皇陛下一世一代の大祭の伝統が、本来天皇陛下と皇室の尊厳を守るべき宮内庁の見識のない方針により、損はれようとしてゐます。

 

昨年十二月の第三回大礼委員会での造営方針が報道されて後、心ある国民は事態改善に向け動き出しました。

学識者の意見表明、神社関係者による報道・論評、そして伝統工法である茅葺き工法の関係者による宮内庁への要請・意見具申等、水面下で多くの動きがなされて来ました。

しかし宮内庁は現在迄のところ造営方針は既定として、心ある国民の声に耳を傾けようとはしません。

五月三十日に国会内で開催された「萱葺文化伝承議員連盟」の設立総会での宮内庁の担当者へのヒアリングでも、宮内庁側は「大嘗宮は板葺で発注をかけてる」「今回は残念ながら板葺きになる」との答弁に終始しました。

 

宮内庁は経費節約、材料調達や技術者の不足、工程上の都合を理由とするばかりで、日本国及び国民統合の象徴である皇位の文化・文明的背景を体現する大嘗宮の伝統継承に向け、真摯な課題解決への姿勢が感じられないのは国民として悲しいことです。

東京新聞(三月二十五日夕刊)の取材に対し、宮内庁の坪田管理部長(三月末退職)は「板葺きにすることで、自然素材を用いて短期間に建設するという大嘗宮の伝統は維持できると考えている」と答へてゐますが、

大嘗宮は国民一般の使ふ住宅や家具とは違ひます。文化・文明的な深い背景があり、それを継承してきたあらゆる時代の日本人の祈りが籠つてゐるのです。

私達令和の時代を生きる日本人は千三百年以上続く伝統の断絶を新帝陛下に負はせ奉らねばならないのでせうか。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201903/CK2019032502000266.html

 https://www.asahi.com/articles/ASM4P5DBKM4PULZU00Z.html

 

茅葺き工法の専門家である安藤邦廣筑波大名誉教授は、大嘗宮造営事業の現段階からでも事態の改善が可能な方策を示唆する提言をされてゐます。

①茅葺きの工法を平成大嘗祭迄の「真葺(まぶき)」を江戸時代以前の大嘗宮の屋根の葺き方であつた「逆葺(さかぶき)」に戻せば予算は「真葺」の三五%で済む、

➁宮内庁が懸念してゐる大嘗宮内で陛下が御奉仕される祭祀の安全性の確保の問題は伊勢神宮が採用してゐる茅葺きの下葺きとして板葺きを行ふ方法を参考にすればよい、③茅の材料と職人の手配も(一社)日本茅葺き文化協会の調査では限られた予算と工期の中で十分に可能、④大嘗宮の茅葺きについては同協会も全面的に協力する、等です。

技術的コスト的に無理がないものであれば、発注者側からの仕様変更により、工事の内容を調整することは可能かと存じます。

http://www.kayabun.or.jp/index.html

 

地鎮祭が済み、残る工期は三ヶ月と思はれます。

宮内庁の柔軟な思考と伝統継承に向けた英断、工事受注企業の誠意、関係する民間技術者の技能、有識者の知見の全てを動員・傾注し、日本の文化・文明の風格を顕現する古式ゆかしい大嘗祭をお祝ひすることはできないものでせうか。

今回の即位礼には世界百九十五ヶ国から元首や祝賀使節の参列が予定され、我が国始まって以来のグローバルな式典になるものと思はれます。

また、来る令和二年には天皇陛下が名誉総裁をお務めになる東京オリンピック・パラリンピックが開催される関係もあり、世界の人々の眼が我が国の皇位継承儀式に注がれるでせう。

その様な重儀の斎行に当り、国費全体から見れば僅かの経費節約と事務的手続きの確実性のみを優先して、悠久の歴史を持つ大嘗宮の建築様式を変容し悪しき前例を作ることは、皇位の国際的尊厳を損ふことになりはせぬかと憂慮するものです。

 

所管官庁である宮内庁、更には国民を代表し皇位継承儀式の歴史・伝統・文化に基づいた斎行に責任を負ふべき政府や理解ある国会議員諸氏に国民の衷心からの声を伝へるべき時かと存じます。

宮内庁ホームページ ご意見・ご感想フォーム http://www.kunaicho.go.jp/page/contact/

首相官邸ホームページ ご意見・ご感想フォーム https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html

 

仮令国民の要請の声が当局を動かすに至らなくとも、それは公的な記録として残り、次回以降の大嘗祭をより本来の姿に近付けてゆく為の布石となります。

古来日本人は天壌無窮の神勅を信じ、悠久の理想に真心を尽し、本当に大切なものを守つて来ました。

 

国民の皆様が一人でも多く、この問題に関心を持たれることを乞願ひ所信を送らせて頂きました。

同志同憂、友人知人へのこの問題の周知にご協力賜はれば幸ひです。

 

(NPO法人 百人の会 機関紙より転載)