contribution寄稿・コラム

「オレオレ詐欺と平和の詐欺には何度も引っかかる」 西村眞悟

「オレオレ詐欺と平和の詐欺には何度も引っかかる」
西村眞悟

 
お年寄りが、いくら注意されても、オレオレ詐欺にひっかかる。その原因は、被害者のお年寄りが、詐欺の犯人である相手を、孫や息子と勘違いするからだ。
 
十二日のシンガポールにおける米朝首脳会談で、まず冒頭、北の金正恩と握手して親愛の情を示すアメリカ大統領のトランプ氏を見て浮かんだのが、これは「平和の詐欺」の実況中継ではないか、ということだ。事実、我が国のマスコミは、それから延々と実況中継を続け、会談の中身が分からないなかで、何度も米朝首脳の、冒頭の握手と庭を仲良く散策する姿を放映し、東アジアに平和をもたらす「歴史的首脳会談」を印象付けた。
 
その会談の前に、トランプ氏は、最初の一分間で相手が分かると言っていた。そして、会談後、金正恩という人物を、聡明で知的で善良なる若者のように表現した。しかし、映像から見れば、現実には、トランプ氏は、最初の一分間ではなく握手した瞬間に、金正恩を、息子のような「良い青年」と「直感」したのではないか。これ、どうもオレオレ詐欺の被害者のお年寄りのようではないか。
 
振り返って欲しい。かつて、アメリカのカーター元大統領や、日本の金丸信さんも、金日成に会って「いい人」と思った。金丸氏などは涙を流していたではないか。さらに、息子の金正日と会った小泉純一郎氏も、金正日を「いい人」と思った。だから、金正日の「日本人拉致被害者は五名生存、八名死亡」の発言を信じ、お土産にトラック二台分の松茸を政府専用機に乗せて帰ってきたのではなかったか。
しかし、この「いい人」達がした米朝枠組合意や平壌共同宣言は全て嘘であった。そして、孫の金正恩は「いい人」だとトランプ氏が言ったわけだ。
 
さて、米朝首脳の両氏は、シンガポールで和気藹々と時間を過ごし、その会談内容と共同宣言を受けて、翌十三日の新聞は、一面大見出しで「北、完全非核化を約束、米は体制保障表明」(産経新聞)と報じた。
 
そこで、最悪の事態を想定するという危機管理の視点から、この度の米朝首脳会談の「結果」を点検したい。
まず、シンガポールに現れた北朝鮮の金正恩は、中共の旅客機に乗って来たことに注目しなければならない。北朝鮮の「首脳」が、米国との「首脳会談」に、何故、中共の飛行機で来るのか、これ異様ではないか。
 
しかし、異様ではあるが、ここで明確になるのは、米朝首脳会談というのは表のレッテルで、これは、中共がシンガポールに金正恩という「特使」を送り込んできたということではないか。
その上で、米朝の共同声明とトランプ氏の発言を点検すれば、明らかに一番喜んでいるのは中共の習近平である。習近平の特使派遣は成功したのだ。
トランプ氏は、カネがかかるから米韓合同軍事演習を中止すると発言するに止まらず、在韓米軍自体の朝鮮半島からの撤退への道を開いたようだ。しかも、金正恩の約束は、「北朝鮮の非核化」だけではなく「朝鮮半島の非核化」なのだ。
これは即ち、在韓米軍の非核化、さらに朝鮮半島のみならず南シナ海を睨むグアム島のアンダーセン空軍基地からの核を搭載するB1戦略爆撃機の撤去へ至る道でもある。これ即ち、中共が最も喜ぶ、アメリカの東アジアからの撤退ではないか。
 
また、「北の非核化」に関しても具体的着手に言及はなかった。それで、会談後に国務長官のポンペオ氏が二年以内つまりトランプ大統領の任期内に実現すると言っている。
しかし、この表明は、北朝鮮に、アメリカの「足下を見て」値段を釣り上げる口実を与える。これは、安倍総理が、ロシアからの北方領土返還を自分の内閣の任期中に実現すると言って、プーチンに足下を見られているのと同じだ。
 
最後に、我が国の最重要課題に関して、看過できない懸念を指摘しておく。それは、トランプ氏が表明した「北朝鮮の体制保障」の内容である。
我が国にとって、北朝鮮が「拉致した被害者を解放しない北朝鮮の体制の保障」などあり得ない。従って、安倍総理は、トランプ大統領に、十二日にシンガポールで合意した北朝鮮の「体制保障」とは、「拉致被害者を解放しない体制の保障」ではない旨の北朝鮮に対する表明を要求すべきである。同時に、鐵は熱いうちに打たねばならない。一挙に拉致被害者解放を北朝鮮に要求すべきである。
 
以上の通り、この度のシンガポールでの米朝首脳会談という政治ショーが、我が国にもたらすものは、我が国を取り巻く情勢の好転ではない。むしろ、軍事と政治情況の流動化と悪化である。
このことを自覚しつつ、安倍総理と内閣は、拉致した日本国民を解放しない北朝鮮との宥和は、断じてあり得ず、制裁強化あるのみであるとの原則を貫きつつ、流動化する軍事的政治的情勢の中で、東アジアにおける「力のバランス」を失わないように国防力を強化しなければならない。