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良識を発揮した武蔵野市議会 ――総務委員会における陳情を中心に 里見日本文化学研究所所長 亜細亜大学非常勤講師 金子 宗德
総務委員会における陳述
去る十二月十三日の午前十時から、武蔵野市議会の総務委員会が開催され、市当局から上程された住民投票条例案および付随する自治基本条例改正案に加へ、「武蔵野市の住民投票条例を考へる会」(以下、「考へる会」)が提出した「住民投票条例の廃案、あるいは継続審議を求める陳情」に対する審査が行はれた。総務委員は以下の七名である。
委 員 長 深沢達也(立憲民主ネット)
副委員長 道場秀憲(自由民主・市民クラブ)
委 員 桜井夏来(無所属)
委 員 落合勝利(公明党)
委 員 藪原太郎(立憲民主党)
委 員 菊池太郎(自由民主・市民クラブ)
委 員 橋本繁樹(日本共産党)
通常は委員会室で開催されるが、大勢の傍聴者が予想されたため、本会議場で開催された。
十時半過ぎ、市役所の職員に促され、本会議場の発言席に立つ。陳情者として陳述の機会が与へられたのだ。深沢委員長に促され、用意してゐた原稿を読み上げる。それには、この条例案を巡る内容および手続に関する問題点が列挙されてをり、以下に引用したい。
「市民参加」と呼ぶに相応しい動き
ただいま、御紹介に与りました金子でございます。……大学院での専攻は近代日本政治思想史で、現在は市内の亜細亜大学で日本思想史を講じてをります。とりわけ、個人と共同体との関係性について研究して参りました。その関係で住民投票条例案に違和感を懐くに至つたのですが、市民の皆さまと議論を重ねるうち、さうした学術の分野で検討がなされるべき以前の段階で、住民投票条例案の内容さらには検討過程に様々な問題があることが分かつて参りました。そこで、『武蔵野市の住民投票条例を考える会』を結成して、住民投票条例案をゼロベースで再検討して頂きたい、そのためには、上程されてゐる条例案を否決・廃案するか、大幅な修正を前提に継続審議として頂きたい、といふ陳情を市議会に提出致しました。
そして、市内を中心に約四万枚の啓発ビラと署名用紙を配布致しました。その配布にあたりましては、現役世代の勤労市民の方々が時間を遣り繰りして御協力下さいました。その甲斐あつて、僅か一ヶ月足らずで市内を初め他自治体にお住まひの方々からも併せて五千~六千筆の署名を頂戴した次第です。この封筒に、署名簿に添へられたメッセージが入つてゐます。このほか、弊会関係者が開設したネット署名のウェブサイト経由で約一万九千筆の署名が集まつてをります。これこそ、まさに「市民参加」と呼ぶに相応しい動きであり、その重みを総務委員会の先生方および市当局におかれましてはお汲み取り下さると幸ひです。
国政を混乱させ、平穏な生活が脅かされる可能性
上程中の条例案に対して私どもの有する疑念は、大きく申し上げて以下の三つです。
第一に、現状の武蔵野市においては、常設型の住民投票条例を制定してまで市民の判断を仰ぐべき喫緊の課題が見当たらない、といふ点です。この点に関連して補足しておきたいことがございます。
第四条の「市政に関する重要事項」に関連して、同第二項の除外規定に「(1)武蔵野市の権限に属さない事項。ただし、住民全体の意思として明確に表明しようとする場合は、この限りではない」とありますが、「住民全体の意思として明確に表明しようとする場合」は、東京都あるいは日本国に武蔵野市として住民投票の結果を突きつけるといふことですね。いつたい、これは何を意図した規定でせうか。
……平成二十七年九月十五日に「地方自治の尊重を政府に求める意見書」が武蔵野市議会で採択されてをります。標題だけ見ますと誰もが否定できないのですが、その内容たるや「米軍辺野古新基地建設反対」の意見書であります。地方自治法第九十九条には「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することができる」とありますが、これは国家の安全保障に関する問題であり、新基地の予定地である沖縄県名護市議会ならばともかく、遠く離れた武蔵野市議会が云々することに何の意味があるのでせうか。さらに云へば、この問題は市民の間でも種々の議論があると存じますが、多くの市民は、かうした意見書が市議会で採択されたことを知りません。
この意見書は《辺野古アクション武蔵野》代表の高木一彦氏から提出された陳情を受けたものです。この高木氏は市内在住の弁護士で、住民投票条例案に賛成の活動をされてゐると聞き及んでをります。これまで市議会の意見書として採択されてゐたものが住民投票で問はれるのではないか、といふ市民からの懸念がございます。
これに関連して、条例案の第八条第二項には、「住民投票に付さうとする事項が市政に関する重要事項」であるか否かを判断するのは市長であるとされてゐます。先に申し上げた通り、住民投票制度が濫用される危険性もあるわけですが、その歯止めとして、市長の判断にのみ委ねることは却つて市長の権限を肥大化させることにならないでせうか。議会にも歯止めを掛ける権限を付与するなどの対策が必要だと思はれます。
加へて、第二十六条の住民投票運動を巡る問題もあります。
同条には「買収、強迫その他不正の手段により投票資格者の自由な意思が拘束され、又は規則で定める市民の平穏な生活環境を侵害するものであつてはならない」とありますが、戸別訪問は禁止されてをりません。「市政に関する重要事項」を巡つて賛成・反対の両者の活動家が自宅を訪ね、根掘り葉掘り自己の見解を問はれるという事態が生じかねないのです。まさに、これは「市民の平穏な生活環境を侵害するもの」であり、なぜ戸別訪問を禁止せぬのか甚だ疑問です。その上、同第五項には「選挙運動が住民投票運動にわたることを妨げるものではない」とあり、「住民投票運動」の名目で戸別訪問を行ひ、実質的には「選挙運動」が行はれる可能性を否定することができません。これは、公職選挙法第一三八条に抵触しないのでせうか。
法の抜け穴を搔ひ潜る脱法的姿勢
第二に、外国籍を含め三ヶ月以上住民基本台帳に登録されゝば投票権が付与されるため、選挙の有権者と住民投票の投票者が異なることゝなり、国民主権原理に基づく二元代表制と整合しないといふ点です。
この点について、武蔵野市のウェブサイトには、「本市の住民投票制度は、投票結果に法的拘束力がありません。投票結果がそのまま市の意思決定となるものではなく、投票結果を踏まへ、国民である有権者から選挙で選ばれた市長と市議会議員が市の政治を決定する二元代表制の仕組みに何ら変はりはありません」とありますが、市当局が発行した「自治基本条例逐条解説」には「住民投票条例の結果には実質的な拘束力が生まれるものと考へられる」とあり、矛盾してをります。この点について、松下市長は、先般の代表質問において「住民投票条例が成立しましたら、逐条解説は見直していきたい」と答弁してゐますが、「自治基本条例」が「自治体の憲法」であるとするならば、その逐条解説は「公権解釈」と云ふべきものであり、それを改めることは「解釈改憲」であります。「解釈改憲」じたいを否定するつもりはありませんが、……代表質問における答弁で唐突に「解釈の変更」を口にする松下市長の答弁は不誠実であり、本音では「実質的な拘束力」があると考へてゐるのではないでせうか。
この話は水掛け論になりますので、これ以上は申し上げませんが、形式法学の面ではともかく、現実政治の観点からすれば、住民投票条例の結果には「実質的な拘束力」があり、さうである以上、本条例案が可決された暁には外国人地方参政権が実質的に認められたことになります。もちろん、法的に認めたことにはならないと主張する余地はありますけれども、それは法の抜け穴を掻ひ潜る脱法的姿勢の表れと云はねばなりません。
現実政治の観点からは、「住民投票の成立又は不成立に関はらず、住民投票の開票を行はなければならない」といふ第三十条の規定もまた問題です。投票率が五十パーセントを超えず成立しなかつたといふことは、住民が投票に値する「市政に関する重要な課題」でないと判断した証であり、その民意を「尊重」して開票せぬのが筋でありませう。にもかかはらず、なぜ開票して結果を公開するのか。住民投票条例の結果を市政とは無関係な政治的な思惑のために利用するつもりではないのか、この点に関する合理的な説明を市当局から伺ひたいと存じます。
誤解のないやうに申し上げておきますが、弊会は外国籍住民の参政権について議論さへしてはならぬ、と主張するつもりはありません。私が話を伺つた限りでも、絶対に認めるべきではないといふ方から永住者に限るべきだといふ方まで市民の意見は様々です。けれども、三ヶ月以上に亘つて居住してをれば、といふ条例案第五条の規定に違和感があるといふ点では一致してをりました。この点に関して、市のウェブサイトには、「本市においては、日本国籍住民の場合に三カ月在住で投票資格を得られるところ、外国籍住民に限つて在留期間等の特別な要件を設けることには明確な合理性がない」と述べるのみで、合理性を積極的に説明する姿勢が見られないのです。このあたりもまた、脱法的姿勢の表れと云はねばなりません。
欠陥だらけのアンケート
第三に、市民に対する広聴・広報が不十分であるといふ点です。広報を巡る疑問点は陳情に記しましたので省略致しまして、広聴、とりわけ令和三年三月に市当局が行つた住民アンケートを巡る疑問点について申し上げたいと存じます。
このアンケートについて、二千名に送つたうち回答が戻つてきたのは五〇九名、そのうち七三・二%、逆算すると三七三名が外国籍住民に参政権を与へるといふ市当局の方針に賛成したと公表されてゐます。その数が少なすぎるといふ点もさることながら、回答者の世代的内訳と武蔵野市民の世代的内訳との相関性が見られないのです。
……住民投票条例案に関するアンケートは標本調査です。これが統計的に意味を有するのは、標本が全体の傾向性を正しく反映してゐる場合に限ります。しかしながら、そのデータを精査してみると、……標本が市民全体の傾向性を正しく反映してゐない。……といふことは、住民投票条例案に関するアンケートは統計学的に無価値であり、これを論拠とする如何なる主張も意味を持たないといふことです。この点に関し、市当局から学問的批判に耐へる御説明を頂きたいと存じます。
加へて、アンケートの構成じたいが市当局の方針に賛成するやう誘導する仕組みになつてゐるとの指摘もあります。この点についても、この総務委員会で十分に御審議頂きたいと存じます。
以上、……この住民投票条例案は、その内容は云ふまでもなく、広報・広聴の面でも多くの問題点がございます。
総務委員の皆さまにおかれましては、市民の自由を守り、立憲主義を重んずる立場から、民主的な手続きに従つた慎重な審議をして頂きたく、くれぐれも共産主義独裁国家の如く、執行部の結論を追認することだけはないやう御願ひ申し上げまして、私の陳述を終はりにさせて頂きます。
総務委員会では可決されてしまつたが…
陳述に引き続いて、委員との質疑応答が行はれた。その中で印象に残つてゐることが二つある。
第一に、橋本委員が「外国人に地方参政権を付与することは最高裁も許容してゐる」と繰り返したこと。確かに、最高裁は平成七年に「憲法は居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至つた定住外国人に対し地方参政権を付与することを禁止してゐない」といふ判決を下してゐるが、「付与することを禁止してゐない」と「付与すべし」はイコールではなく、「付与しなくともよい」のである。この判決じたいに大きな問題があることは云ふまでもないが、たとへ、この判決を是認したとしても、定住外国人に地方参政権を付与するか否かは有権者たる日本国民の判断に任されてをり、最高裁判決に基づいて外国人にも住民投票の投票権を認めるべきといふ論理は成立し得ない。
第二に、「住民投票条例案が上程されたことで武蔵野市政が混乱した」と筆者が指摘した際、賛成派の市議会議員から「原因はお前だよ!」とのヤジが飛んだこと。この御仁は、京都大学在学中から新左翼運動を展開し、北朝鮮との関係を囁かれてゐる人物だ。陳情の趣旨に賛同し、署名して下さつた方々を愚弄する発言であり、このやうな市議に制裁を加へない深沢委員長の不見識は糾弾されて然るべきであらう。
昼食後、各委員と市当局との質疑応答が行はれ、条例案に対する委員会の判断が下される時が来た。
まづ、落合議員が「継続」の声を上げる。公明党は外国人に対して地方参政権を付与することに肯定的であり、賛成する可能性もあつたが、本条例案に不備がある以上、採決すべきでないといふ判断をしたのだらう。この動議に道場・菊池の両委員も賛意を示したが、橋本・薮原・桜井の各委員は採決を求めて可否同数となり、最終的には深沢委員長の職権により採決することが決まつた。
そのため条例案の採決に移る。継続審議を求めた落合・道場・菊池の各委員が反対する一方で、橋本・薮原・桜井の各委員は賛成して可否同数となり、これまた最終的に深沢委員長の職権により可決された。
かくして、舞台は本会議に移る。武蔵野市議会の定数は二十六名で過半数は十三名。総務委員会が終はつた時点で、賛成の議員は立憲民主党・共産党・生活者ネット・新左翼系無所属など併せて十一名、一方、反対の議員も自由民主市民クラブ・公明党・都民ファーストを併せて十一名と完全に拮抗してをり、残る三名の選択が大きな意味を持つことになり、賛成・反対それぞれの立場から様々なアプローチがなされた。
そのうち、下田ひろき市議が私への卑劣なヤジに義憤を感じたとして反対の意思を表明する。そして、最後まで態度を明らかにしなかった宮代一利・本多夏帆市議も「市民理解が得られてゐない」として「ブレーキを踏む」意思を本会議で表明し、最終的には十一対十四で否決された。この場を借りて、良識を発揮された武蔵野市議会に満腔の敬意を表する次第である。