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【論説】「紀州のドン・ファン」が投げかける我欲の虚しさ

 

紀州のドン・ファン事件。公共性のないごく私的な事件なのに、この事件が私たちの興味を駆り立てるのは何だろうか。

 

事件のあらましを振り返る。和歌山県田辺市の資産家で、「紀州のドン・ファン」と称した金融・不動産関連会社社長の野崎幸助氏(享年77)が急性覚醒剤中毒で死亡した事件で、警察は4月28日、元妻の須藤早貴容疑者(25)を殺人と覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕した。

 

野崎氏は2018年5月24日午後10時頃、自宅2階で倒れ、その後死亡が確認された。遺体からは致死量に相当する数グラム分の覚醒剤が検出され、自殺と他殺の両面から捜査が行われていた。当時、自宅には須藤容疑者と、午後8時頃に帰宅した家政婦が1階でテレビを見ていたと供述している。野崎氏がいる2階からドンという物音がしたため、須藤容疑者が確認に上がったところ、野崎氏は全裸の状態で体がすでに硬直していたという。

 

注射痕がなかったため飲み込んだとみられるが、覚醒剤は非常に苦いうえに野崎氏が生前に麻薬を常用していた様子もない。愛犬の葬儀を控えていたため自殺の可能性も低いことから、警察は事件性が高いとみて捜査を進めてきた。一部報道によると須藤容疑者のスマホ履歴から、事件前に麻薬密売人との連絡が確認された。この密売人が別の事件で摘発され、スマホの位置情報を解析したところ、同時刻に田辺市の同地点で接触していたことが確認されたようだ。警察は連休明けの逮捕を検討していたが、須藤容疑者がドバイ(UAE)に旅立つ準備をしていたことから逮捕に踏み切った。

 

ドン・ファンとは、スペインの伝説上の人物で、好色放蕩な美男を指す。「紀州のドン・ファン」という呼称は、2016年に出版した自伝本のタイトルで、副題は「美女4000人に30億円を貢いだ男」と付けられている。当時、人気芸人がテレビ番組で紹介したこともあり5万部のベストセラーとなって続編も刊行された。野崎氏は避妊具の訪問販売を駆け出しに、規制が緩かった消費者金融業で苛烈な取り立てを行うなどして財を成し、実家の酒類販売などにも手を広げたという。

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