contribution寄稿・コラム
丸山穂高議員の発言は、真の「日露領土交渉」への道を拓く 西村眞悟
丸山穂高衆議院議員が、北方領土の国後島へのビザなし交流訪問団に参加して、宿泊場所の「友好の家」で、訪問団団長の元国後島民の大塚小弥太さん(八十九歳)に、「戦争で奪われた島は戦争で取り返すしかない」という趣旨の発言をして、それを聞いたマスコミが報道して騒ぎが広がった。そして、丸山議員が所属する日本維新の会は同議員を除名したうえで、他の党派の議員達とともに同議員の議員辞職を求める動きが大勢になりつつあるという。その理由は、産経新聞の産経抄(五月十六日朝刊)の言葉を借りれば、丸山議員の発言は、「ロシアとの返還交渉に水をさし、ビザなし交流に悪影響を与える」ということだろう。
私は、この認識は間違っていると思う。丸山議員の発言は、ロシアとの返還交渉に水をさすどころか、有利に展開させる方向に作用する。但し、我が国内で、現在のように同議員に対する非難が大勢をしめておればダメだ。丸山発言を非難する現在のマスコミと大衆(議員を含む)は、意識せずにプーチンに至るロシアの為政者達の一貫した方針を強化する方向に貢献している。これを利敵行為という。以下その理由を述べる。
丸山発言を非難する人は、「返還交渉に悪影響をあたえる」からだと思っているようだが、長年の返還交渉の経緯とロシアの言動をよく見られよ。ロシアのプーチン大統領の真意は何か。ロシア研究の第一人者である木村汎北海道大学名誉教授は、「ロシア、プーチンには北方領土を我が国に返す意思は一切無い」と言い切っておられる。これが、安倍総理と十数回の会談を重ね、お互いに、「シンゾウ」、「ウラジーミル」と呼び合う親密な友人になったと日本側が片思いのように信頼しているプーチンの本質だ。
では、この返還意思が一切無いプーチンが「ウラジーミル」と言われて笑いながら「返還交渉」をするのは何故か。その理由は「領土問題をロシアが全く無視していると日本が思ったら、ロシアとの経済協力などに日本が無関心になると畏れているからだ」、と同じくロシア研究者の袴田茂樹新潟県立大学教授が書いている。つまり、ロシアは北方領土問題を、日本という馬の前にぶら下げるニンジンとみているのだ(同教授筆産経新聞「正論」平成三十年十月三十一日)。つまり、プーチンは、日本は「平和憲法」で萎縮したカネだけ持っている哀れな馬で、馬を思いのままに操るには、その前にニンジンをぶら下げることだと思っている。そして、昨年、プーチンは、突如、領土問題の解決を抜きにして平和条約を締結しようと日本側に提案した。この提案の本質を指摘し批判したのは、日本側ではなく日露領土交渉に深く関わったロシアの元外務次官であり、彼は次のようにプーチンを批判したのだ。「これほど侮辱的な提案は、ブレジネフのソ連時代でさえも日本に対して行わなかった」
ここまで書けばお分かりいただけるであろう。今までのロシアには「領土交渉」は無いのだ。あると思っているのは日本だけだ。従って、領土交渉がないのであるから、丸山発言が領土交渉に水をさすことはなく、反対にロシアが本当の領土交渉に乗り出さざるをえない方向に作用する可能性大である。何故なら、「戦争で取られた島を戦争で取り戻す」というのは日本以外の国、特にロシアがもつ常識であり、この鉄則に日本が立ち返る動きが日本国内に出てくれば、さすがのプーチンも、従来のように、日本を馬のように侮辱することができなくなり、東に増大する脅威に直面して本当の領土交渉に入らざるをえないからである。
百六十年前にユーラシアの西のクリミア戦争で経済的に疲弊したロシアは、十年後に東のアラスカをアメリカ合衆国に売却した。これがロシアである。現在、ロシアは、同じくクリミアに侵攻して西側の経済制裁を受けており、従って、東ではウラジーミルと呼ばれて微笑んでいるのだ。しかも、今までは、頭から領土を戦争によって取り戻すというロシア的発想がない日本に対しては安心して、馬に対すると同じようにニンジンを垂らして侮辱することもできた。しかし、ニンジンのからくりは見破られ、日本国内には戦争をしてでも取り戻すという空気が湧いてきているようになれば、ロシアはユーラシアの西と東で難問を抱えることになる。従って、百五十年前と同じように、ロシアは東で大幅な譲歩をする可能性が出てくるのだ。我が国は、数十匹の猟犬でヒグマを追い詰めるようにロシアを動かさねばならない。従って、我が国は、西方でのロシアの脅威増大を煽ると共に、東においてもロシアにとっての軍事的脅威の増大を謀る必要がある。このことは、対中共と対北朝鮮対策にとても有効に作用する。この意味で、本人の意図は知らず、丸山発言は有益である。世界から見て奇妙な「平和憲法」の「平和主義」を掲げて「平和主義者」ぶって内部で非難合戦をするのはもう止めろ。